第三回目。いまや東京を代表するランドマークとなった巨大なサイン「I LOVE 歌舞伎町」や、野方の商店街で開催されSNSなどでおおいに話題になった「エイプリルフールに人がクスッとするジョークの張り紙プロジェクト」など、これまでにないエンタメ看板の仕掛人として活躍する“看板キッド”こと高橋芳文さんに、看板ウオッチャーとしても知られる放送作家の吉村智樹が迫ります。
今回はその第三回目。
看板の上に別の看板を貼ってしまおうというゲリラ的なプロジェクトについておうかがいしました。
――高橋さんの作品のなかに、お地蔵さんが「おしっこ禁止 私にかけないでね」と訴えているプレートがありますね。ほのぼの感とブラックユーモアが一体となった、思わず二度見してしまう看板です。これはどういういきさつで生まれたのですか?
中野区の区役所から正式に依頼をいただいてつくったものです。中野区に街の掲示板があるんですが、そこに立ちションしちゃう人がいるみたいで、すごく困っていらしたんですよ。そして区役所の方が僕のところに「看板の力で立ちションを抑止することができないか」と相談に来られて、それで考えたものなんです。
――立ちションをやめさせるために鳥居を描くことはこれまでありましたが、お地蔵さんだと罰当たりな気が倍増しますものね。しかも自ら「かけないで」とおっしゃっている。実際に抑止力はあったんでしょうか?
これがね、効果があったんです。おしっこの被害がぴたっと止まったんです。
――おお!
おしっこ禁止って普遍的な言葉なのに、お地蔵さんのイラストと「私にかけないでね」を加えることで「え⁉」っと興味をひく。掲示板というつまんなかったものが、これを貼るだけで一瞬で魔法がかかったように興味関心の対象になるんですよ。これもまた僕の「看板にVOW的な毒をにじませる」という考え方を実践したものなんです。
――なるほど。そしてこれを商品化するプランへと進んでいくわけですね。
はい。個人的にこれを欲しいという方が現れて、「おもしろそうだと思ってくれる人がいるんだ」と気がつき、さまざまな言葉とイラストを組み合わせ、「立札看板」っていう名称で商品化しました。いまは喜怒哀楽バージョンって作ってるんです。バリエーションは増えていっていますね。
――この「立札看板」は、どういう用途で、どういう場所に貼るのが適切ですか?
つまんないところに貼ってほしい。
――え? つまんないところ?
つまんない看板の上に貼ってほしいですね。平凡で街に埋没してしまった注目度の低いつまんない看板の上に貼ることで、組み合わせのおもしろさが生まれるでしょう。看板が息を吹き返す。立札看板はこうしてつまんない看板にダメ出しをせず、ツッコミをせず、新たなおもしろさを生むという効果があるんです。そうすることで、立ち止る人、スマホなどでパシャパシャ撮影してSNSでシェアする人が増える。
――そういうことなんですね。異なる看板が貼り合わさることで別のおもしろさが生まれるなんて、まるで芸人さんのコラボ芸やユニットコントのようです。
僕は日ごろからワタナベエンターテインメントの芸人さんのイベントなどにも通って、笑いの研究をしているんです。やっぱりダメ出しとか、的を射ていないヘンなツッコミとかは、よくないですね。嫌いなんですよ。ダメ出しせずにおもしろいものをつくる方法を編みださないと。
――それにしても看板の上に看板を貼ってしまおうという大胆なアイデアは、僕の知る限り、これまでないものだと思います。
こういうゲリラ的に貼るという発想は、バンクシーに近いですね。バンクシーへのオマージュなんです。
――バンクシー?
バンクシーはロンドンを中心に活動する、世界各地の壁などにゲリラ的に描くストリートアーティストです。この立札看板はバンクシーのようにゲリラ的に遊んでほしい。もちろん貼ってはいけない場所に貼るのはいけませんが、たとえば自分のお店の看板に貼ることで、その変化に気がついた道ゆく人の足が止まる。写メで撮ってSNSに拡散する。お金をかけた大掛かりなリニューアルをしなくても、いまあるものにちょっと手を加える、少し変化させるだけで、つまらなかったものがおもしろくなってゆくんです。自分のお店の看板に貼るだけでも、街にとっては充分にバンクシー的ですよね。バンクシーのようにアートにするつもりはないんです。でもゲリラ的ではありますよね。
これからの看板は「コミュニケーションボード」へと進化せよ
――小さな立札看板で街がおもしろくなるなんて素敵ですね。それに変えようがないと思いがちな看板に人が参加していける点が素晴らしい。今後はどのようなものをお考えですか?
たとえば、触って癒される看板ですね。
――触る? 看板にですか?
はい。インターネットの発達で、モバイルで検索さえすれば看板が出ていなくたって目指す場所へ辿り着ける時代です。看板を見て店に入るか入らないかを決める人はどんどん少なくなってきています。看板は個店の宣伝をするツールという役目を終えようとしている。だから今後は看板自体がコミュニケーションボードとしてのツールになるよう、記号を置き替えていかなければ。そのためには、前回お話した「顔出し顔ハメ看板」もそうですが、看板に直接触れてもらうことを考えていかなければなりません。看板の素材の手触りがすごくヘンだとか、触ったら音がするとか、そういう、あえて徹底的にアナログな方法でね。
――たとえば、どのような業種が考えられますか?
リラクゼーション系ですね。仮に整骨院でもいいんですよ。木製の手づくり看板に木琴が仕込んであって、「疲れたら、これを叩いて気分転換していって」とか気の効いたメッセージが書いてある。看板を叩けだなんて、ある意味VOW的ですよね。そして書いてあるとおりに鳴らしてみると気持ちのいい音がして、心がリラックスする、ほっこりする、すっきりする、というように。
――看板を叩くと音階を奏でるなんて楽しいですね。「ここで施術してもらおうかな」という気になってきます。
これも立札看板と同じ、「いままでだと考えられないものを組み合わせる」という発想からです。あざといと思われるかもしれないし、実際は木琴があったところで誰も叩かないかもしれませんよ。でも以前もお話しましたが、これからの看板に大事なのは「先行思考を裏切る意外性」なんです。看板は触っちゃいけないものだという固定概念への裏切り。実は街ゆく人たちは裏切られるのを望んでいるんです。看板を叩くなんてヘンなアイデアなんだけど、ヘンであればヘンであるほどいい。ヘンさ加減をいかに広告的なものににじませてゆくか、それが僕のいまの大きな考え方というか感覚なんです。普通のものより、ヘンな方、ヘンな方へ発想を振っていきたい。もっともっとヘンな方へ行きたいっていうのが僕にはあるんですよ。
――いやあ、木琴になっているというちょっとヘンな手作り看板、ぜひ実現させていただきたいです。遊び心が看板に反映されるなんて、わくわくします。
僕は「遊びのセミプロ」を名乗っていまして、木のおもちゃが好きでよく遊んでいるし、勉強もしています。そして看板デザイン・アイデアラボの今後のテーマのひとつに「木育」を掲げています。僕は木育インストラクターの資格も、おもちゃのインストラクターの資格も持っています。そして木や自然素材を看板にどんどん採り入れていきたいと考えているんです。
――ますます楽しみです。次回はいよいよ、さまざまな媒体に採りあげられ、おおいに話題となった「ジョークの貼り紙プロジェクト」についておうかがいします。どうぞよろしくお願いいたします。
取材・執筆 吉村智樹(放送作家)